民法改正により、夫婦間の契約について認められていた取消権が削除されることとなりました。
これにより、夫婦間契約の実務には一定の変化が生じると考えられます。
では、この改正によって、夫婦間契約を公正証書として作成するケースは増えるのでしょうか。
夫婦間契約の位置付けはどう変わるのか

今回の民法改正において重要なのは、単に条文が削除されたという点ではなく、夫婦間契約の「法的な位置付けそのもの」が変わる可能性があるという点にあります。
従来、夫婦間の契約については、民法上の特則として取消権が認められていました。これは、夫婦という関係性の特殊性を踏まえ、力関係や心理的圧力の影響を受けやすいことから、契約の自由を一定程度制限し、後から是正できる余地を残す趣旨で設けられていたものです。
つまり、夫婦間契約は形式的には契約であっても、
- 真意に基づかない可能性がある
- 一方当事者が不利な立場で合意している可能性がある
- 後から見て不当な内容となるリスクがある
といった点を考慮し、
👉 「完全に確定した契約」とは扱わない前提
で制度設計がなされていました。
このような性質から、実務上も夫婦間契約は
- とりあえずの取り決め
- 将来変更され得る前提の合意
- 紛争解決の暫定的な整理
といった、やや不安定なものとして位置付けられることが少なくありませんでした。
しかし、今回の改正により、この取消権が削除されます。
これにより、夫婦間契約は原則として、
👉 一般の契約と同様に、一度成立すれば拘束力を持ち、簡単には覆らないもの
として扱われることになります。
この変化は非常に大きく、実務上の感覚としては、
- 「後からやり直せる契約」から
- 「最初から確定させる契約」へ
と位置付けがシフトすることを意味します。
その結果、夫婦間契約に求められる水準も変わってきます。
これまでは、ある程度抽象的な内容や柔軟な合意でも許容されていた場面がありましたが、今後は
- 条項の明確性
- 合意内容の合理性
- 当事者の意思の真正性
といった点が、より厳しく問われることになります。
そのため
👉 締結時点で十分に整理・検討しておく必要がある
といえるでしょう。
さらに重要なのは、この改正により
👉 「契約の有効性」よりも「契約内容の妥当性」が争点になりやすくなる
という点です。
これまでは、「そもそも取り消せるかどうか」が問題となる場面もありましたが、今後は
- 内容が公序良俗に反していないか
- 過度に一方に不利ではないか
- 実態に照らして合理性があるか
といった、より実質的な観点から契約の有効性が検討されることになります。
このように、今回の民法改正は、単なる条文の削除にとどまらず、
👉 夫婦間契約を「例外的な契約」から「通常の契約」に引き上げる改正
であると捉えることができます。
そしてこの変化こそが、後述する
- 公正証書の増加
- 証拠(診断書など)の重要性の上昇
- 契約書作成実務の高度化
といった影響につながっていくことになります。
夫婦間契約のありかた民法改正前と後の違い
これまでの契約:「どうせ覆る可能性がある契約」
従来、夫婦間契約は取消権の存在を前提としていたため、実務上は次のような意識が少なからずありました。
- 最終的に取り消される可能性がある
- 厳密に作り込んでも意味が薄い場合がある
- あくまで当面の合意として整理する
そのため、契約書の作成においても、
- ある程度抽象的な表現
- 柔軟な運用を前提とした条項
- 厳密性よりもスピードや実用性を重視
といったスタンスが採られることも少なくありませんでした。
改正後の実務|「最初から確定させる契約」
しかし、今回の改正により、この前提は大きく変わります。
夫婦間契約が原則として取り消されないのであれば、その契約は
👉 最初から最終的な合意として扱われる
ことになります。
その結果、契約においては次のような変化が生じます。
条項設計の精度が求められる
これまで以上に、
- 支払条件(回数・期限・遅延時対応)
- 義務内容の範囲(何をどこまで守るのか)
- 違反時のペナルティ
といった点を明確にしておく必要があります。
特に、
👉 「書いていないことは守られない」
という前提で設計することが重要になります。
曖昧な合意がリスクになる
従来であれば、「あとで話し合えばいい」とされていた部分も、今後はリスクとなります。
たとえば、
- 「誠実に対応する」
- 「必要に応じて協議する」
といった抽象的な条項は、
👉 実際のトラブル時にはほとんど機能しない可能性があります。
そのため、
👉 できる限り具体的に、客観的に判断できる形で条文化する
ことが求められます。
「とりあえず作る契約」が通用しなくなる
これまでは、
👉 「まず合意書を作って、問題があれば後で調整する」
という対応も一定程度許容されていました。
しかし、改正後は、
👉 一度作った契約がそのまま拘束力を持ち続ける
ため、このような対応は危険になります。
つまり、
👉 契約締結時点で完成形に近づける必要がある
ということです。
紛争予防機能がより重要になる
夫婦間契約は、そもそも紛争の芽を整理するためのものですが、改正後はその意味合いがさらに強くなります。
- 後から修正できない
- 契約がそのまま効力を持ち続ける
という前提に立てば、
👉 「将来揉めるポイントを先回りして潰しておく」
という設計が不可欠になります。
つまり、
👉 「何を書くか」だけでなく「何を書かないと危険か」まで考える必要がある
ということです。
このような変化は、次に述べる
👉 診断書などの証拠の重要性
👉 公正証書化の必要性
とも密接に関係してきます。
診断書の重要性|改正後はむしろ意味が出てくる
夫婦間契約において、見落とされがちでありながら、実は重要なのが診断書の位置付けです。
当事務所でも、モラハラや不貞行為を背景とする夫婦間契約のご相談を受けた際には、ご依頼者様に診断書の有無を確認することがあります。もっとも、実際には診断書をお持ちでないケースが大半です。
しかし、今回の民法改正を踏まえると、この診断書の意味合いは従来とは少し異なってきます。
なぜ診断書が問題になるのか
そもそも診断書は、
- 精神的苦痛の存在
- 症状の程度
- 継続性や影響
といった事情を、医師という第三者の立場から示す客観的資料です。
モラハラや不貞といった問題は、当事者間では主張が対立しやすく、
👉 「言った・言わない」
👉 「そこまでの被害ではない」
といった争いになりやすい分野です。
そのため、これらの事情を裏付ける資料として、診断書は一定の意味を持ちます。
改正前の契約はそこまで重視されない場面もあった
もっとも、従来の実務では、夫婦間契約は取消権の存在を前提としていたため、
👉 「そもそも契約自体が後から覆る可能性がある」
という構造がありました。
改正後の変化|契約が“そのまま残る”という前提
しかし、今回の改正により状況は変わります。
夫婦間契約が原則として取り消されないのであれば、
👉 その契約はそのまま有効に存続し続ける
ことになります。
つまり、今後は
👉 「契約を取り消せるかどうか」ではなく
👉 「その契約内容が妥当かどうか」
が問題になりやすくなります。
診断書の役割|契約内容の“理由付け”になる
このとき重要になるのが、
👉 「なぜそのような内容の契約になったのか」
という点です。
たとえば、
- 高額な慰謝料
- 厳しい接触禁止条項
- 一方に重い義務を課す内容
といった契約については、後から
- 過度に一方に不利ではないか
- 強制されたものではないか
- 合理性を欠いていないか
といった観点で争われる可能性があります。
このとき、診断書があれば、
👉 精神的苦痛の存在や程度を客観的に裏付けることができる
ため、
👉 「この内容の合意には合理的な理由があった」
という説明がしやすくなります。
実務的な意味|紛争予防としての価値
したがって、診断書は単なる証拠というよりも、
👉 契約の正当性を補強する資料
としての意味を持つことになります。
これは、
- 将来の紛争において有利になる
- 相手方に対する心理的抑止力になる
- 公正証書化の際の説得材料になる
といった点でも有効です。
結論|改正後も、むしろ積極的に準備すべき
以上を踏まえると、取消権が削除されたから診断書が不要になる
というわけではなく、むしろ逆に
👉 契約が有効に維持されるからこそ、背景事情の裏付けが重要になる
といえます。
そのため、
👉 モラハラや不貞を原因として夫婦間契約を締結する場合には、
👉 可能であれば診断書を取得しておくことが望ましい
と考えられます。
なぜ公証人は夫婦間契約を敬遠していたのか
夫婦間合意契約を公正証書にする実務については、これまで公証人が積極的とは言えない対応を示すことが少なくありませんでした。
実際に、公証役場で相談をすると、
- 認証でよいのではないですか
- 公正証書にする必要性はありますか
といった反応を受けることもあり、戸惑う場面もあったのではないでしょうか。
公証人の立場|「確実に効力を持つ文書」を作る責任
公証人は、公正証書という強い効力を持つ文書を作成する立場にあります。
特に、強制執行認諾文言が付された公正証書は、
👉 裁判を経ずに強制執行が可能になる
という極めて強力な効力を持ちます。
そのため、公証人としては、
- 内容が不明確な契約
- 将来無効になる可能性が高い契約
- 実態が確認できない契約
については、慎重にならざるを得ません。
夫婦間契約が難しかった理由
夫婦間契約が敬遠されていた理由は、主に次の点にあります。
① 関係性の特殊性
夫婦という関係は、第三者から見て力関係や実態を把握しづらいものです。
- 一方が心理的に支配されている可能性
- 表面的には合意していても実質的には強制である可能性
といった事情を、公証人が短時間で見極めることは容易ではありません。
② 取消権の存在
従来は、夫婦間契約には取消権が認められていたため、
👉 せっかく作成しても後から無効になる可能性がある
という問題がありました。
これは公証実務にとって非常に大きな問題で、
👉 「強い効力を持つ文書なのに、前提が崩れる可能性がある」
という矛盾を抱えていたといえます。
③ 履行の不確実性
取消される可能性がある契約は、
👉 最終的に履行されるかどうかが不確実
です。
特に、慰謝料や継続的義務を伴う契約では、
- 後から争われる可能性
- 強制執行に進めない可能性
といったリスクがありました。
そのため、公証人としては、
👉 「確実に機能する文書」としての公正証書を作ることに慎重になる
民法改正後は夫婦間契約公正証書は増えるのか
ここまで見てきたとおり、今回の民法改正は、夫婦間契約の性質を大きく変えるものです。
では結論として、夫婦間契約の公正証書は増えるのでしょうか。
結論|増加する可能性は高い
結論からいえば、
👉 夫婦間契約を公正証書として作成するケースは、今後増加する可能性が高い
と考えられます。
その理由は明確です。
理由①|契約の安定性が高まる
これまでの夫婦間契約は、
- 後から取り消される可能性がある
- 最終的に無効となるリスクがある
という不安定な性質を持っていました。
しかし、今回の改正により、
👉 一度成立した契約は原則として維持される
ことになります。
この変化により、公正証書として作成する意味が大きくなります。
理由②|公証実務との相性が良くなる
公正証書は本来、
👉 確実に履行されることを前提とした文書
です。
したがって、
- 取消される可能性がある契約
- 履行が不確実な契約
との相性は必ずしも良いものではありませんでした。
しかし、改正後はこの問題が緩和されるため、
👉 公証実務としても扱いやすくなる
と考えられます。
理由③|強制執行のニーズが高まる
特に、夫婦間契約においては、
- 慰謝料の支払
- 養育費や生活費
といった金銭的義務が問題となることが多くあります。
このような場合、
👉 強制執行認諾文言付き公正証書
とすることで、
👉 裁判を経ずに強制執行が可能になります。
契約の安定性が高まることで、このような
👉 履行確保の手段としての公正証書の価値
も、より現実的なものになります。
ただし|実務は徐々に変わる
もっとも、注意すべき点もあります。
実務は必ずしも法改正と同時に一斉に変わるわけではありません。
- 公証人ごとの判断の違い
- 公証役場ごとの運用差
- 従来の慎重な姿勢の継続
といった事情から、
👉 当面は「できる場合とできない場合が混在する状態」
が続く可能性があります。
今後の実務の方向性
それでも、
- 契約の拘束力が強くなる
- 公正証書との整合性が高まる
という流れを踏まえると、
👉 夫婦間契約を公正証書で作成することが、徐々に標準的な選択肢になっていく
可能性は十分にあります。
実務家としての視点
実務家として重要なのは、
👉 「作れるかどうか」ではなく
👉 「作るべきケースを見極めること」
です。
特に、
- 金銭の支払義務がある場合
- 将来的な紛争が予想される場合
- 合意内容の履行確保が重要な場合
には、
👉 公正証書化を積極的に検討すべき場面
といえるでしょう。
まとめ
民法改正により、夫婦間契約は
👉 「取り消され得る契約」から
👉 「拘束力を持つ契約」へ
と大きく性質が変わります。
この変化は、
- 契約書作成実務
- 証拠(診断書など)の重要性
- 公証実務の運用
に影響を与えます。
そしてその結果として、
👉 夫婦間契約の公正証書は今後増加していく可能性が高い
といえるでしょう。
もっとも、契約の拘束力が強くなるということは、
👉 内容を誤れば、そのまま拘束され続けるリスクも高まる
ということでもあります。
したがって、夫婦間契約については、
- 内容の設計
- 背景事情の整理
- 必要な証拠の確保
を十分に行ったうえで、慎重に締結することが重要です。


コメント